諏訪大社下社秋宮と周辺

諏訪大社下社秋宮
下社は信国造金刺氏が下諏訪の地に氏神を建立したと言われている。春宮と秋宮を造り、神社を護る鬼門寺を造り、観照寺と三精寺の別当寺を配置して大和朝廷が押し進める支配体系を確立した由緒ある町である。のち上社とともに大和朝廷の支配下に入り、南方刀美神社という名前を貰い、諏訪神社の名の許に全国に一万余の分社を持つに到った。

専女社の欅(とうめしゃのけやき)
青塚古墳(あおづかこふん)
秋宮スケートリンク


専女社の欅(とうめしゃのけやき) 古くから諏訪社外苑の専女社内にあり、樹齢約一千年、目通り周囲6.56mの巨木で、町の天然記念物に指定されている。遠く下筋からも見えて、芽吹きや紅葉で気候を占った陽気木として知られる。


青塚古墳(あおづかこふん)
諏訪地方唯一の前方後円墳である。信濃国は善光寺平から造られ始め、のち下伊那地方から下諏訪まで造立が続いた。信濃国造金刺氏が大和朝廷の許可を得て築いたが、のち上社との抗争に破れて自落したために、埋葬者は分らない。推定するに壬申の乱で功績のあった金刺某であると言われている。


秋宮スケートリンク
諏訪湖で盛んにスケートが行われたのは、明治38年に鉄道が開通してからのことであるが、諏訪湖が結氷しないときのために下諏訪の旅館の人々が中心になって開設した。明治42年のことである。以来今も続いている。ここは日本で最初のホッケーの対校試合(慶応対早稲田)、フィギュアスケート競技会が行われたところで、諏訪湖とともに日本のスケート発達史における原点である。

下社秋宮
青塚古墳
専女社の欅