言成地蔵尊・土田墓地

言成地蔵尊(いいなりじぞうそん)
石地簿には天正十二年1584の銘がある。今は「言成地蔵尊」の名で親しまれているが、かつては蓮池の南にあり、廃仏毀釈で下諏訪の山中、萩倉の地に移された。しかし地蔵尊は元の場所が恋しくて、毎日毎夜少しずつ旧地ににじり寄ることが判り、心ある人の哀情を誘い、今の場所に移された。祈願すれば何でもかなえてくれる、ご利益あるお地蔵さんである。

土田墓地(つちだぼち)
この墓地は下社神宮寺の境内にあり、墓地内の墓碑は全て神宮寺の支配下であった。

のち墓地が拡大されて三区の墓地と共有することになり境界も不確かになった。墓地入口に立つ弥勒菩薩像は千手観音堂の南に弥勒堂があり、その中に坐す仏像であったという。武田信玄の命令で作られたものであろう。

言成地蔵尊