甲州道中と下諏訪

甲州道中は、日本橋から下諏訪を結ぶ五十三里十一町の街道で五街道のひとつに数えられます。初めは甲州海道といいましたが、海辺を通る道ではないからと、正徳六年(1716)甲州道中と改称されました。

甲州道中は徳川幕府が、豊臣恩顧の外様大名らが江戸へ攻めてきた時の逃げ道として作られました。


参勤交代でこの街道を通った大名は、信州の高島、高遠、飯田の三藩と甲斐の諸藩にすぎず、公用の通行といえば、江戸城へのお茶壺道中の外、江戸幕府と甲府勤番、代官所との連絡が主でした。中山道などに比べれば通行者は少なかったのですが、多くの旅人が行き交う道でした。

江戸時代の面影が残る政屋
高木の尾掛松