魁塚〜下諏訪宿〜注連掛

諏訪は甲州路を経て下諏訪に至る甲州道中、江戸から武州・上州を経て難路の和田峠から下諏訪に入る中山道が下諏訪宿で合流しています。
下諏訪宿は、諏訪大社の門前町、下諏訪温泉の「いでゆの町」です。宿場には江戸時代の息吹を今に伝える建築物の数々、宿場裏には昔のままに静かな「夜通路(やとうみち)」があり、峠の登り下りを馬の背で荷物を運んだゆえに疲れた馬を休ませる「馬湯」の伝承が残っています。「いざ鎌倉へ」と馬で馳せ参じた信濃武士の「疾風路」も残っています。


◎魁塚
明治維新の折、官軍の先ぽうとして年貢半減などを掲げ中山道を江戸へと向かった赤報隊が、維新政府により斬首されたのがこの地。その後、相楽総三らの名誉回復が成され、処刑場所に立てられたのが「魁塚」です。

◎下諏訪宿本陣
参勤交代の諸大名が泊まった本陣。皇女和宮がお泊まりになった上段の間が今もそのまま残されています。武家屋敷の佇まいや名園の風情も印象深いものです。


◎万治の石仏
春宮の近く、田んぼの中に鎮座する阿弥陀如来の石仏です。高さ2m余の自然石にちょこんと頭をのせた姿が興味深く、各界著名人が絶賛したことから広く知られるようになりました。

下諏訪宿御本陣
魁塚(相楽塚)