中山道と下諏訪

江戸を起点とする五街道(東海道、中山道、甲州道中、日光道中、奥州街道)の中でも、中山道は東海道とともに江戸と京都を結ぶ重要な街道となっていました。
この街道は、江戸日本橋を基点に武蔵国(埼玉県)から上野国(群馬県)を経て信濃国(長野県)に入り、さらに美濃国(岐阜県)、近江国(滋賀県)から京都に至るまでの約百三十二里、六十九次でした。
下諏訪宿は、甲州道中の終点にあって古くから諏訪大社の門前であり、また当時中山道で唯一温泉の湧く宿場でもあったことから大いに賑わいました。

中山道以前の道筋
諏訪の御柱祭は、平安時代から始まったと言われる。祭は信濃国府が主催したから、期間中は、国府の役人・国司が下社春宮へ常駐して検証する仕事があった。松本の国府から田川近くを通って塩尻峠に登り、そこから下社と上社へ行ったと言われ、今もその道筋が、今井から東山田の間に僅かに残ってる。

明治初期の下諏訪宿