下諏訪駅

 下諏訪駅は、平成17年11月25日に開通百周年を迎えました。中央線は明治37年12月に富士見駅まで開通しましたが、その先を敷設する資金がなくて延期になってしまいました。理由は日露戦争により国防予算が払底して民生用にも事欠く事態になったため。

国は総動員態勢を敷き、競馬場を目黒から府中へ移し、その収益を国家に吸い上げ、塩・アルコール・タバコを専売にしてその収益も国家へ繰り入れましたが、所詮は水の泡。そこで中央線工事がストップしたと言う訳です。
 当時、岡谷は製糸業で飛躍を目指していたから、さあ大変な事態。製糸業者から「一釜いくら」と割当債券を購入させ、国はそれを源資にして岡谷駅までの鉄道敷設を再開しました。
 明治38年6月21日、工事中止を解除しましたが、途中土砂崩落の難工事の未、11月25日に岡谷駅まで開通しました。
 開通以後、岡谷の製糸業が急速に発展して「シルク岡谷」のブランドが生まれました。

現在の下諏訪駅
昭和35年頃の下諏訪駅