宿場の機能

高島藩領(諏訪郡)内で唯一の中山道の宿場である。しかも約二キロも遠回りして温泉と秋宮の近くに宿場を開設した。
下諏訪宿は西隣の塩尻宿まで三里余、北の和田宿まで五里余あって宿間が長く、峠であったから冬の通行は非常に難儀であったと言われ、数多くの時代の荒波に揉まれ続けた。

曲の手(かぎのて)
用水路




曲の手(かぎのて)
幕府は宿場を新設するとき必ず曲の手を新設した。宿場の中を窺い知られない為の防御施設である。宿の入り口をわざと曲げた。
宿場には大名や公用の役人が宿泊する御本陣を設置したから、止泊人の安全を確保する為に宿外から奥が見えないようにし、侵害されたときも防御しやすいような関門を作ったのである。


用水路
宿場は人工の街村である。幕府の命令で官地に指定し、強制的に宿場に住まわせた。そこで宿場の住人の生活を保障する為に、用水汐を完備し曲の手で安全を確保し、生活費を得る為に諸商売を営むことを許可した。
下諏訪宿は街道の両側の家屋敷の中に用水路を敷設して用弁を容易にしたのである。

曲の手
用水路